エネルギー安定供給と炭素資源利用のゆくえ

元 出光興産(株)
山田 猛雄

  石炭との最初の出会いは、入社10年を経た1978年4月のことであった。エチレンプラント・芳香族(BTX)プラントの建設・運転やトラブルシュートを経験し、一人前の石油化学プロセスエンジニアとして自信を持ち始めた頃のことである。突然の工場長との面談で、「石炭液化の技術開発で、アメリカに転勤の話があるが、どうだ、やるか」と聞かれ、二つ返事で承諾したのが始まりであった。
  1973年の石油危機で、原油の価格はバーレル2ドル台から12ドル台に上昇し、石油消費国は大きな負担を強いられていた。日本は当時、一次エネルギーの70%以上を石油に依存していたので、影響は大きかった。石炭・LNG・原子力等への燃料転換が政策として打ち出され、社内でも新燃料室が新設され、石炭・地熱・ウラン・合成燃料を開発する体制が整えられつつあった。日本の石炭液化は国産技術を中心に開発が進められていたが、まだ基礎研究の段階で、大型パイロットプラント(250t/d Exxon Coal Liquefaction Pilot Plant / ECLP)の建設を決定していたExxon(現在のExxonMobil)にはかなり遅れをとっていた。一方、Exxonは、多額の投資を必要とするECLP以降の開発を単独でやるのは得策でないと判断し、国際共同プロジェクトを模索していた。日本は12社でコンソーシァムを組み、この国際プロジェクトに参加することを決定した。ECLPはパイロットプラントとはいえ、石油化学プラントと同じ規模で、大量の用役(電力・工業用水・水素・燃料ガス・排水処理等)と熟練オペレーターが多数必要になるので、建設サイトはテキサス州ヒューストン郊外にあるExxonの製油所が選ばれた。
  日本コンソーシァム最初の派遣エンジニアとして、ECLPサイトに26ヶ月駐在した。その間、Exxon のエンジニア達に混ざり、プロセスエンジニアとしてECLP建設・運転に参加すると同時に、日本コンソーシァムの代表として、毎月の研究成果報告会議に他スポンサーの研究者・技術者といっしょに出席した。建設・運転のほうは、日本で経験した工程とほぼ同じように進められ、担当業務を遂行する上で、それほど違和感をおぼえなかったが、Exxonや各国の研究者・技術者達とプロジェクトの進め方について議論するのは初めての経験で、自分に足りないものは何か、考え方の基本をどこにおくべきか等多くのことを学んだ。石炭液化技術開発プロジェクトの戦略は、世界の長期エネルギー需給動向と資源確保をふまえたExxon全体のビジネス戦略と密接に関連していて、当時のExxonは石炭液化よりもオイルサンド・オイルシェールに優先順位をおいていたように思える。研究開発もビジネスの大きな戦略の一環に位置づけて実行する重要さをいまさらながら痛感した。
コンソーシァム出向から、新燃料部に戻った後も、石油化学に戻ることはなく、海外炭開発、国内の石炭液化プロジェクト(褐炭・瀝青炭)、水素製造石炭ガス化プロジェクト、COM/CWMプロジェクト、石炭燃焼技術と、炭鉱開発から利用技術開発まで、20年以上に亘って石炭の供給安定と利用技術の開発に携わってきた。
  IEAの2030年の長期エネルギー需給予測では、やはり供給の中心は石油・石炭・ガスの化石エネルギーで、一次エネルギーの80%を占めると考えられている。石油が30%で最も多く、次いで石炭が29%、ガスは22%を占める。昨年夏に原油価格はバーレル150ドル近くまで上昇し、石油危機が世界経済に大きな打撃を与えた。現在は石油危機の後遺症で40ドル前後に低下しているが、石油は供給のピークを迎え、資源量の制約から再び価格の高騰は避けられないと予測され、需要増は1%/年と抑制される。天然ガスは1.8%/年で増加するが、資源量の制約から供給の安定に問題があることは石油と同じである。石炭は途上国の電力需要の増加を背景に、年率2%で需要が増加していくと予想されている。2030年以降の超長期のエネルギー供給も資源量豊富な石炭が中心になっていく可能性が非常に高い。一方、石炭は利用の段階で、NOx、SOx、CO2等の酸性ガス・温室効果ガスを多く発生するという問題がある。現在、石炭ガス化複合発電や新コークス製造技術等のクリーンコール技術とCCSを組み合わせたゼロエミッションの発電・製鉄技術を目標に、技術開発が進められている。また、現在運輸部門のエネルギーは石油が90%以上を占めているが、インフラストラクチャーの大きさを考えれば、この傾向は当分変らない。オイルサンド・オイルシェール等の非従来型石油の開発やガス・石炭・バイオマスを原料とした石油代替の液体燃料の開発も重要になってくる。
  資源制約と地球環境問題の中で、世界の経済成長を支えるべきエネルギー産業には解決すべき多くの技術課題を持っている。また、この技術課題を解決する能力を持った多くの若い人材を必要としている。社会ニーズを課題として実践的に解決していく能力を持つ人材とは分野横断的な基礎科学の知識と現場の工学の知識を併せ持ち、広い視野と長期的な洞察力で将来的な展望を描ける研究者・技術者と言える。このような優れた能力を持つ研究者・技術者を一朝一夕に育成することはなかなか難しい。一企業、一部門の中で、日常業務をこなしているだけでは先見性を持った創造性豊かな人材へと自分を向上させる意欲はわいてこない。新しい技術情報と知識にさらされ、海外も含めた外部組織からのキャリアの異なる人材と交流する環境におかれることでこそ、自分を世界に通用するプロフェショナルへと変化させるインセンティブが生まれてくる。このような環境と機会を炭素センターに数多く提供してもらうことを期待する。

以上